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オランダでひとり
06.10.2010 (Wed)

ラップトップの調子が悪いため再インストールを試みるがうまくいかない。あきらめて久しぶりにネットも音楽もない静かな夜を過ごす。テレビもラジオもないのでやれることといえば本を読むことぐらいだ。読書に集中するにはとてもいい。

日本にいる家族ともスカイプで連絡が取れずいる。普段の生活スタイルには何も変化はないのだが、ネットにつながる手段を失っただけで、一人遠い国オランダで生活しているという実感が不思議なほど沸く。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-11 06:51
Beautiful kind of flexibility
05.10.2010 (Tue)

OMAのオフィスにいてもなかなかレム・コールハースにお目にかかる機会はない。たまにオフィス内を忙しそうに歩きまわっていたり、階段をジャンプするように駆け上がったりするのを見かけるくらいで、話を聞いたりするチャンスはない。

そのため、彼が今考えていることを知る最大の情報源はネットや出版物の情報からということになる。同じオフィスにいながらにしてネット経由で情報を得るというのはなんだか変な気もするが仕方がない。

*  *  *

ベニス・ビエンナーレの開幕に際して、アートキュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリスト (Hans Ulrich Obrist) がレム・クールハースにインタビューしたビデオがアップされている。

"Preservation"に関する質問の中で、レム・クールハースは近代以前の歴史的な建築の魅力について語っている。 彼のとってのその魅力とは、もちろん郷愁的なものではない。そのフレキシビリティにあるという。

近代建築がプログラムに対応してデザインされているのに対して、歴史的な建築プログラムによらない大らかさがある。その歴史的な建物のフレキシブルさに美しさを感じ興味を持っている。

歴史的な建物の解釈をプログラムによらないジェネリックな空間への興味に重ね合わせている。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-11 06:38
問題提起
04.10.2010 (Mon)

20世紀初頭に活躍したロシアの小説家チェーホフは、

「小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である。」

と言っている。彼は小説家であると同時に医師でもあった。病気や怪我という問題解決を第一の目的とする医療の世界に身を置いた彼にとって小説がこのような定義となるのは理解に難くない。

「建築家とは、問題を解決する人間なのか?問題を提起する人間なのか?」

興味深い質問だと思う。近代以降、建築家は要求されるプログラム(問題)に対して、空間構成、構造、設備、コストを通じて総合的な解決を与える職能とされてきた。そして、何が問題かはっきりしていれば、それに対して最適の答えを出しますという建築家を沢山生んできた。良くも悪くも、僕自身もそんな典型であり、ターゲットがはっきり解かればそれに対して最適の解を出すことに力を発揮するタイプである。そこから、そんなガチガチの近代から一歩抜け出したいといつも思っている。

レム・コールハースは問題提起を得意とする建築家の一人である。その意味でポスト近代の建築家であり、そこに多くの学ぶべき点がある。今年のベニス・ビエンナーレでの展示でも、彼は解決作である作品を展示するのではなく、"Preservation" という問題を提起した。

都市の開発が急ピッチで進み、発展に対して多くがが語られる現在、実は世界の一割以上が自然遺産、文化遺産という保護という名の下に触れることのできない保護された領域となっている。そしてその領域はますます増えている。それはもはや一部の専門的な問題を超えた都市の問題となっているのではないだろうか?発展とともに発展の許されない保護された場所をどう考えるのか?というのが彼が発した問いである。

「建築家とは、問題を解決する人間なのか?問題を提起する人間なのか?」

今僕自身出せる答えは、「問題提起をしたいと思いつつ、問題解決に走る人間」という未だとても弱いものだ。


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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-06 09:18
ぼんやり
03.10.2010 (Sun)

昨日まで夜はストーブを付けたりしていたロッテルダムだが今日は快晴で暖かい。ジョギングの後あまりにも気持ち良い天気なのでしばらく湖畔でぼんやりする。どんどん頭が空っぽになっていく。

夜はオランダ人の友人の家にお邪魔して炊き込みご飯を炊いてみた。焦げてしまいその匂いに反応し煙探知機が作動。皆でパニックになるが窓を開け換気していたら鳴り止んだ。漫画のヒトコマのようなシーン。

湖畔でぼんやりしすぎたのかも知れない。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-05 07:22
さようなら、ありがとう
02.10.2010 (Sat)

僕等ロッテルダム市役所の設計チームがコンサートに招待された。コンサートと言ってもただのコンサートではない。敷地内にある既存の建物の解体が大詰めを迎えていて、その解体現場で開かれたコンサートだ。

解体工事現場でコンサート?一体どんなことになるのだろうかと期待して会場入り。まず、入場者はヘルメットを渡され、次になぜかバラを一輪手渡される。瓦礫に囲まれた屋外にイスが400程度並んでいる。

オランダ語による詩の朗読からコンサートが始まる。続いて、崩れかけたコンクリートの躯体の上で弦楽四重奏、今度は反対側の割れたガラスの中から管楽器奏者が現れる・・・

背後の屋根からオルガンとコーラス。工事現場の作業員のようなごっついお兄さん二人に抱えられてバレリーナが登場し、コンクリートの上を舞う・・・

最後はバックホーのエンジンがかかり、それまで演奏に使っていたピアノをすくい上げる。見る見るうちにピアノは高いところに持ち上げられる。

まさか、と全員が息をのんだ瞬間、ピアノが静かに落下。瓦礫の中で粉々になる。

また何かオランダ語の朗読。皆が立ち上がり、もらったバラを抱えて順にピアノの落下地点に向かう。何が起きているのかをドキドキしながら落下地点に到着するとピアノがバラに包まれていた。

そこでようやくこのコンサートの意図が解かった。このコンサートは解体される建物に追悼の意を表したものだったのだ。ピアノは役目を終え壊されることになった建物を物語っている。

解体現場で壊される建物のために追悼コンサートをする。オランダの公共建築は市民に見守られこんな幸せな最期を迎える。そんな暖かさがオランダの公共性の一面である。

そんな国で、自分が次に生まれる新しい命(建物)を生み出す原動力の一部となっていることを誇りに思う。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-05 06:17
ピクセル化について再び
01.10.2010 (Fri)

レイチェル・ホワイトリード (Rachel Whiteread) というイギリスの女性アーティストがいる。彼女は2005年に "Embankment" と題して大規模な作品をテート・モダンのタービン・ホールで発表したことでもおそらくは日本でも名が知られている。僕は今日はじめて知った。

彼女の作品は、ドローイング、彫刻など色々な表現の種類がある。どれも刺激的なのだが、この"Embankment" がとても気になる。まさに、ピクセル化建築の震源がここにあるような気がしてならない。

今OMAの生み出すプロジェクトにはピクセル化というキーワードが見え隠れしている。これはアイコニックなグニャグニャ建築への批判からジェネリックな箱の組み合わせによる表現を模索しているためかもしれない。

レイチェル・ホワイトリードのこの作品が面白いのはこのかたちだけではなく、一つ一つのピクセルがダンボールというとてもジェネリックな素材でできている点にある。ジェネリックの重なりによってスペクタクルを生み出している。そんな作品の意図はOMAのピクセル化への模索と重なる部分が多くある。

もちろん色々なことは世界同時多発で起こる。日本の建築家にも彼女の多大な影響を感じることが多い。彼女の作品は建築界にも多大な影響を及ぼしている。

いつまでたっても建築家はアーティストの後を追う存在でしかないのか?本当にそうだとしたら少し悲しい。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-02 21:49
Heineken
30.09.2010 (Thu)

朝起きて窓を開ける。目の前にあるバーに新鮮なハイネケンが補給されている。

朝からなんだか、嬉しい気持ちになる。

ロッテルダムに来るまで長い間住んで札幌では灯油を補給する車は良く見かけたがこれは見たことがない。

灯油ストーブを焚くより、友人と集まりビールを飲んで騒いだほうが暖かくなる。

週末が近い。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-02 20:45
敷地を超え都市を見る
29.09.2010 (Wed)

西九龍文化施設群マスタープラン (West Kowloon Cultural District) に関するプレゼンテーションがあった。プロジェクトの概要が簡単に説明された後、質疑応答。改めてこのコンペについて考えてみた。

OMA案は非常に色々な要素が含まれていて、一言で簡単に案を表現するのが難しい。都市の中に多様性を持ち込みたいという意図があったのがその理由の一つである。決められた回答では無く、多様な興味を受け止める場を作ることがOMA案のポイントとなっている。

その点が他の二案と大きく異なる点であり、例えばFoster+Partners案のタイトルは "City Park" 。OMAの複雑性とは対象的で簡潔。香港のセントラルパークを作るというものだ。

*  *  *

OMA案の言う、「多様性をつくる」という主張は解かる。でもそれを実際どんなデザインとして提案したのかが一番気になる。

OMA案においておそらく決定的な判断となったのは、長い敷地を五つのエリアに分断した点にある。両端、真ん中に置かれて三つの村と、それらに挟まれた二つの公園。この配置構成が大胆で面白い。

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敷地の境界線にどれだけの意味があるのか?という問いは僕自身常々疑問に思っていることである。このラインの中でこのプログラムを満たしてくださいと言われた際に、敷地をまじめに使い切ることは無い。たまたま、社会的、経済的、歴史的な理由によりポッカリと生まれたその敷地が、今その都市が求めているプログラムでぴったりと埋め尽くされるはずがない。そうする必然性も必ずしも無い。

大きな敷地があると、プロジェクトのインパクトのためにその大きさをできるだけ活かした配置にしたくなるのが建築家の常だと思う。それを自身が読み込んだ都市の解釈:「多様性」のために敢えてぶつ切りに分断できる判断力が今回のOMA案で最も力強い点だと感じた。

敷地の境界線の中だけをデザインをしている訳ではない。都市をデザインをしている。


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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-02 20:17
最新作 パンチングメタル
28.09.2010 (Tue)

久し振りの竣工プロジェクトのニュースが香港オフィスから届く。Edouard Malingue Gallery : アート作品を展示するギャラリーである。OMA香港オフィスが開設されてからちょうど一年目にして、初の香港でのプロジェクトが完成した。

とても小さなスペースなのか写真では全体像が掴みきれないが、天井むき出しのエントランススペースが展示スペースであるホワイトボックスを取り囲んでいる。展示スペースそのものとして特に目新しいことは無さそうだ。敢えて言うとエントランススペース等で使われているパンチングメタルが気になるところ。

最新作 パンチングメタル_d0183261_901680.jpg


このギャラリーでのパンチングメタルの使い方はとてもあっけないものだが、香港オフィスでは去年 殊海学院キャンパスコンペを獲っていて、このコンペ案でもファサード全体がパンチングメタルで覆われている。こちらはもっと色々な挑戦をしている。

日本が好景気に沸いた80~90年代にかけて伊東豊雄等が盛んに挑戦したこの材料は今再び好景気の沸く香港で日の目を見る。パンチングメタルはそんな時代の空気を映し出す風通しの良い材料なのかもしれない。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-29 09:09
ツボが知りたい
27.09.2010 (Mon)

良くビールを飲みに行く割りと気の合うニュージーランド人の同僚は週末もなく、日曜の午前中からずっと働き続けている。夕方ようやく家に帰れることになったので一緒にバーへ行こうと誘われる。

チームは違うが、彼はマスタープランの計画を担当し、僕はファサードのディテールスタディを進めている。全くスケールの異なる分野をお互いが経験しているので色々と情報交換をするのがいつも面白い。

彼は大学でも都市計画をメインで勉強していた。国際コンペに入賞した作品などが載っているポートフォリオを見せてもらい、彼の都市への考えを色々と聞かせてもらう。

そんな彼の影響もあり最近マスタープランにとても興味はあるのだが、実はその楽しみ方がまだよく解かっていない。数多くあるOMAのプロジェクトを見ても上手くのめり込めない。きっと一つにはその楽しみのツボが解からないからなんだと思う。そのツボが知りたくて、自分自身のマスタープランへのツボを探し出したくて、今日も様々な質問をぶつけてみる。

ここに集まっているアーキテクトやインターンは多かれ少なかれ建築の中でもそれぞれの得意分野をもっている。そんな魅力的な仲間とビールを飲みながら建築のツボについて話すのはインターン生活のなかでも貴重な時間の一つだ。


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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-29 08:06
反動
26.09.2010 (Sun)

昼過ぎ久し振りの休日出勤。自分の仕事を終えよその机を廻り、他のチームがどんなことをしているのか聞いて歩く。どれも面白そうなプロジェクト。

夜、先日会った京都の大学生たちに再会。ヨーロッパの色々な国を廻って来たと言う。どこも面白そうな国々。

そんな刺激を貰うと反動で思う。どれもこれも面白そうだけど自分ができることを自分のペースでじっくりやろう。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-28 09:45
CASA DA MUSICA
25.09.2010 (Sat)

建築は考え扱う範囲がとても広い。

古代から脈絡と続く建築史におけるそのプロジェクトの位置付け、現代の経済、社会状況を踏まえた都市に対するアーギュメント、クライアントから要求されたプログラム、構造や設備に関する工法、マテリアルやディテール・・・等など。

その異なるスケールを飛び越えて一貫した態度が見られるプロジェクトに出会ったとき僕は感動を覚える。そんなプロジェクトはOMAの中でもそれほど数多い訳ではない。だけどカーサ・ダ・ムジカは間違いなくそんなプロジェクトの一つである。

今では写真がこのプロジェクトと全てとして語られることが多い。それでも十分魅力的なのだが、1999年に行われた際のコンペ案を見るとその核となる部分がよりはっきりと見えてくる。a+u2000年5月号臨時増刊に詳しくコンペへ提出した資料が紹介されている。

*  *  *

00. 宣言

まずはじめに建築家はこれから挑戦しようとしている課題を高らかに宣言する。

How to make a serious building in an age of icons?
象徴の時代にどのようにして純粋な建築をつくるか?
How to make a Public Building - or a Building Public - in the age of the market?
市場の時代にいかにして公共建築あるいは建築による公共をつくるのか?
A building without nostalgia, not even for Modern Architecture?
郷愁によらず現代建築にもよらない建築とは?
A European building for Portuguese site ?
ポルトにおけるヨーロッパの建築とは?


詩の様に美しいこの短い宣言文によってこのプロジェクトの意図がずべて表現されている。ここには時代に対する端的な批判そして自身の回答が示されている。この問いは建物が竣工する最後の最後までプロジェクトの全てのフェーズに渡って何度も繰り返しチームに向かって問い直され続けていったのだろう。

どんなに複雑で大きなプロジェクトでもこの様な宣言をもって意図を伝えることは、建築家にとって最も大切な役割の一つである。

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01. 都市リサーチ

ポルトの広域な都市圏における敷地(ボアヴィスタ・プラザ)の位置付けを7つのダイアグラムで示す。都市の分析は決して事実の羅列で終わることはない。僕には少し抽象的に感じられるが、それでもはっきりとしたアーギュメントとともにこの都市リサーチを締めくくっている。

Through both continuity and contrast, Boavista Plaza, after our intervention, is no longer a mere hinge between the old and the new Porto, but becomes a positive encounter between two different models of the city.

連鎖と対峙を経て、ボアヴィスタ・プラザは、われわれが介入した後、もはや新旧ポルトの単なるつなぎめではなく、二つの異なる都市形態の能動的な出会いとなる。


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02. ヴォリューム

スケールをぐっと落とし敷地に置くボリュームそして都市との関係についての回答を示す。ダイアグラムがとてもシンプルで解かりやすい。もともと住宅のために考案されたこのヴォリュームは突然コンペ案として変換された。そんな経緯の中この文章が生まれた。

By considering the building as a solid mass from which we eliminate the two concert halls and all other public facilities, we create a hollowed-out block as exciting for those outside the block if the building as it is for those inside.

均質な塊から二つのコンサート・ホールとその他公共機能をとり除いた建物を構想。刳り貫かれた建物をつくることで、建物の内部でも外部でも人々を楽しませる。

It reveals its contents without being didactic; at the same time it expose the city in a way that has never happen before.

それは啓蒙的な意味ではなく、その容量のみを示すもので、同時にこれまでなかった方法で都市の姿を見せている。



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*   *  *

コンペの資料はまだまだコンサートホールの歴史、工法、サーキュレーションと同じ様な勢いで続き、どの領域でもはっきりとしたアーギュメントが読み取れる。

このコンペから六年が経った2005年に今僕等が見る姿として公開された。このプロジェクトの核を重ね合わせながら、いつか実際の建物、そしてそこで行われているコトにふれてみたい。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-26 20:26
NYに行けなかったトルコ人が見ている夢
24.09.2010 (Fri)

仕事が終わったあと同じチームに三週間前から加わったトルコ人とビールを飲みに出かける。

彼女は積極的に色々な人と交流を持ち誰にも隔たり無く質問をぶつけたりできるタイプでそこがとってもいいところ。フルブライト奨学金まで獲得しコロンビア大学院に合格したのだがどうしても金銭的に厳しいということで泣く泣くアメリカ行きを断念した。それでもトルコでは学べない建築を求めOMAのインターンにアプライしチャンスを得た。

彼女はヨーロッパと日本の設計事務所で実務経験を積んで地理的、文化的にもその中間である故郷のトルコで自身のオフィスを持つのが夢だという。

今日色々と日本のアトリエの実情について質問をされた。僕も詳しい訳ではないのであまり細かなことを伝えることはできなかったのが残念だ。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-26 08:25
PRADA SPRING SUMMER 2011
23.09.2010 (Thu)

オフィス内メールでPRADA SPRING SUMMER WOMENS WEAR SHOW 2011 の招待状が届く。といっても残念ながらミラノに招待された訳ではなく、PRADAのウェブサイトで中継があるので是非見てくださいというお知らせ。

まじめにファッションショーを初めから最後まで見たことは無かったため今日がはじめての体験。AMOが手がけたステージそしてPRADAの新作、それに情熱的な女性ボーカル・・・とても刺激的で新鮮な時間だった。

渋い弦の響きに続き、蛍光灯が一斉に点灯し暗闇の中で長い長いキャットウォーク全体がハチパチと火花の様に輝く、そしてまぶしいオレンジ色のワンピースを着たモデルが登場。このあまりにも美しいこのオープニングでもう頭はパンク状態。

*  *  *

写真やドローイングを通じて意図を伝え、長年存在し続ける建築はとても動きの乏しい静的な存在である。それに対してファッションショーは数十分の中に本当に様々な要素をぎっしり詰めこんだとてもスピーディで動的な存在だ。

あまりに多くのことが同時に起こるので建築のゆっくりとした時間にすっかりなれた僕の頭では吸収しきれないことが多くおぼれそうになる。ショーが終わったあとビデオがPRADAのウェブサイトにアップされていたので何度か見てようやく何が起きていたのかがぼんやりとわかってきた。

このおぼれるような感覚は何かに似ている。映画を見た時に感じるそれだ。僕はあまり映画を見るのが得意ではない。音楽あり、ストーリーあり、美しい映像あり、そして字幕ありだとあれもこれもで着いて行くのが大変だからだ。映像に釘付けになるとストーリーがイマイチ解からずじまいだったり、その逆だったりする。僕はとてもゆっくりした瞬発力に乏しいタイプだからだ。

比べるのもなんだが、レム・コールハースはかなり瞬発力のあるタイプである。そしてもちろん映画への造詣も深い。若かりし頃、映画の脚本を書き自身で出演したことがあるほどだ。そんな根本的な瞬発力を持つ彼にとって静かでゆっくりとした建築の世界は時として退屈を覚えることがあるのかもしれない。今では映画を作っていない彼が、その瞬発力を発揮できる場として年に二度あるPRADAのステージデザインはとても重要な意味をもっているのではないだろうか。

一度でいいから本物のショーでその迫力を体験してみたい。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-24 06:47
普段通りの夜
22.09.2010 (Wed)

夏は10時過ぎまで明るいロッテルダムも最近はどんどん日が短くなっていて、最近はオフィスを出るころにはすっかり暗くなっている。

今日はお月見。オランダではとてもきれいな中秋の名月が見れた。ルームメイトの台湾人はわざわざ隣町のデルフトまで行き台湾人の友達同士で集まりパーティを開いたそうだ。日本でも今夜は静かに月を愛でる風習があると教えると喜んでいた。

それでも、オランダ人は特に年に一度の名月を気にすることなく普段通りの夜を過ごしている。誰かにとっても特別な状況は他の誰かにとっては何でも無い状況である。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-24 05:47
Berlage Institute
21.09.2010 (Tue)

日本の大学よりベルラーヘを視察に来た建築の先生お二人に会う。日本の建築教育の状況をお聞きしたり、僕等がベルラーヘで経験したことを色々と聞いてもらえたりと、とてもいい時間を過ごすことができた。

「建築の学生に何を教えるのか」ということはとても大きな課題であると思う。世界的には建物のデザインそのものよりリサーチや建築のプロジェクトにたどり着くまでのプロセスを重視した教育機関が増えてきて注目を集めているのは確かだ。

だけどそれだけが全てではない。ベルラーヘのような機関は既に建築の基礎教育を終えて実務経験がある人も多く参加しているし、ものすごくターゲットを絞った特殊な教育機関である。

そのため建築を始めたばかりの学部生を教育し建築の全体像を幅広く見せる日本の大学とベルラーヘの違いは大きい。何かベルラーヘから学べるとしたら、それは教育内容そのものではなく、学校独自の強いキャラクターを確立するというスタンスのことなのではないかと思った。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-23 05:16
溶けるファサード
20.09.2010 (Mon)

今オフィスではファサードのデザインを検討中。色々な新しい材料や工法を調べたりそれを立面やコラージュに反映させてスタディしたりしている。

今日たまたまメンバーの一人が面白い写真を見つけた。なんだこのガラスが溶けたような不思議なファサードは?

青山のプラダのファサードよりさらに曲面の自由度が増し有機的でかつ未来的な雰囲気を持つこのガラスはH&dM設計のハンブルクのコンサートホール"Elbphilharmonie"。

世界の最新ファサード事情を調べていくと最近はこの写真のような自由曲面をもつパネルを持つプロジェクトがよく見られる。ただのカタチの実験に終わせずにこの先にどんな発展がまっているのだろうか?

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-22 05:54
Hungry City
19.09.2010 (Sun)

NAiのブックショップで立ち読みをしていたら面白そうな本を見つけた。Carolyn Steel著の"Hungry City"。農業の発展と共に都市は生まれたと言っても過言では無い。

農業と都市の関係に興味を持っている建築家である彼女は歴史的に農作物がどこでどのように栽培され、どの様なインフラを用いて都市に供給されて、どう各家庭のキッチンまで行き渡って行ったのかを分析している。

例えば、鉄道に発展に伴いその関係は大きく変化を見せる。そして環境問題や急激な都市化を迎えている今その関係をどう考えるか・・・等など。

この本で彼女は答えを提示してはいない。そのかわりに食料と都市は切っても切れない関係があるという忘れがちな事実を明確に示している。

僕等がベルラーヘのスタジオで取り組んだ課題と同じ問題意識を持つこの本に興味を持った。スタジオが終わってから二ヶ月が経つ。少し冷静になって自分が取り組んできたことを見つめなおす意味でも読む価値がありそうだ。

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Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-20 08:09
境界
18.09.2010 (Sat)

今週はとても寒い日が多かったが今日はひさしぶりに晴天。ジョギングをしたりするにはとてもいい日なのだがそんな日に限って部屋にこもっていたくなる。

昼寝をしたり読書をしたりの繰り返し。意識と無意識の境界を彷徨う。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-20 07:16
OMA、H&dM チルドレン
17.09.2010 (Fri)

日本もそうだと思うがヨーロッパは今も設計事務所でアーキテクトのポジションを得ることは難しい状況が続いている。それは設計事務所自体が厳しい状況に置かれているということに他ならない。そんな厳しい建築界を取り巻く状況の中でも独立をし新しい活動を目指す建築家もいる。

今日たまたまOMA、そしてH&dMという今の時代を引っ張る二つのオフィスから独立を果たした二人の建築家のオフィスを同時に知った。

*  *  *

Buro Ole Scheeren

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今年の三月までOMAの北京オフィスの代表を務めていたオーレ・シェーレンのオフィス。彼はOMA時代にCCTVや台北パフォーミングセンターなどを手がけたパートナーである。彼は北京で築いた人脈やプライベートライフのためかドイツ人であるがその北京でオフィスを開設した。

ホームページを見ると幾つか彼のオフィスの新しいプロジェクト名が確認できるが詳細はまだ公開されていない。

それでも面白かったのは、以前の活動を紹介する、"pre:Buro-OS"というコーナー。ここに紹介されているプロジェクトは全て彼のOMA時代の作品だが、OMAのホームページで公開されていない作品や図版が幾つかある。

その中でも2006年から設計を行っている上海の "Crystal Media Center" は今まで全く聞いたこともないOMAのプロジェクト。その美しい造形もさることながら中々面白そうなプログラムの建物。しかもこの情報によると今年竣工するという。

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*  *  *

Harry Gugger Studio

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エルクロッキーなどでおなじみのH&dMのメンバー四人の無表情なポートレートをご存知だろうか?そのうちのヘルツォークでもド・ムーロンでも女性でも無い彼がハリー・グーガーだ。

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今年自身のスタジオをバーゼルに立ち上げた。今年のベニス・ビエンナーレではバーレーン館の展示を担当し見事パビリオン部門で金獅子賞を受賞している。

バーレーン湾岸部で急激に進む開発を、その土地で暮らす人々が使い続けてきた小屋をそのままパビリオンに持ち込むことでクリティカルに扱っている。経済、社会というリアルな都市のテーマを独特のマテリアリティも持って扱っているそのバランス感覚が評価されたのだと思う。

その他にも幾つかのプロジェクトが進行中のようだ。

*  *  *

オーレ・シェーレンは1995年にOMAへ、一方ハリー・グーガーは1990年からH&dMへ加わっている。90年代そして00年代のOMAとH&dMの発展はスターである両オフィスの建築家達の卓越した能力によるものであるが、同時にそれを支えたすばらしいパートナー達が存在していたことを忘れてはならない。

おそらくこの10年間、世界の憧れの的であった両オフィスで生み出されたプロジェクトの多くは実際のところ彼等がまとめ引っ張っていったプロジェクトに違いない。

現代を代表する偉大な建築家の元を去り、自身の名で独立を果たした二人に一体どんな未来が待っているのだろうか?

彼等のこれからの活動は間違い無く注目に値する。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-09-20 05:05
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