人気ブログランキング |
Top
G-Star RAW
14.11.2010 (Sun)

先週仕事中に立ったりしゃがんだりしていたら、ビリッと音がした。
何の音だろうか?
何か紙を破るような音だ?しばらく身のまわりを見回してみてようやく気が付いた。
スボンの内側の縫い目が裂けていた。

*  *  *

やっぱり安物はだめだ。といったら、太ったからじゃないかと突っ込まれる。
裂けないズボンが欲しい。

ベルラーヘにいるときはそれ程気にならなかったが、OMAで働くようになってから 'G-Star RAW' というロゴの入ったジーンズを穿いている人を本当に良く目にする。

'G-Star RAW'は1989年にオランダ、アムステルダムで生まれたデニム専門のブランド。建築的な発想をデザインに多く取り入れ、立体的でデニム地の素材感を大切にしたジーンズを多く発表している。

他の国での人気具合は解らないけれど、少なくともここロッテルダムではとても人気がある。

試しに、一本ジーンズを買ってみた。見た目はとってもゴワゴワとして硬そうだけど、穿いてみると、変なツッパリも無いし動き易くとても心地いい。

立体的かつ素材感たっぷりな'G-Star RAW' ジーンズが人気なのがうなずけた。
もう仕事中に裂けたりしませんように。

G-Star RAW_d0183261_17234616.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-17 17:35
Thinning : 都市の稀釈化
13.11.2010 (Sat)

一週間分の疲れがでたのか、朝食を食べ、もう一度ベットに入り、目が覚めると既に暗い。ずいぶん眠った。

*  *  *

先日のコールハースのベイルートレクチャのことを考えている。質疑応答で彼は "Thinning" について語っていた。彼はこのところ、様々な場でこのテーマについて語っている。

"Thinning" 日本語何と訳したらいいのかわからないが、「都市の稀釈化」、もしくは「都市の間引き現象」とでも言えるような現象のことである。

その稀釈化が起きている都市では、都市の人口が減り続けている一方、領域は無秩序に広がり続けるという特徴を持つ。彼はいつもスイスの山村を引き合いに出す。そこでは、元々いた住民は大きな都市へ流出を続け、残された住宅が別荘として売りに出されている。別荘地として価値のある地域では年にたった二週間しか人が住むことのない住宅がどんどん建設され住宅地としての領域はスプロールを続ける。

本来の住人の姿は消え去り、たまに訪れる季節性のインフルエンザのような住人達の欲望によってその地がかき回される。そんな、都市性を搾取されている地域が現実にたくさん存在している。

その現状に対して、レム・コールハースは目を向けている。そしてその現象について建築家としてリサーチをし体系的にまとめたいと考えている。

「賑わいがなくなったから、コミュニティをはぐくむような提案をする。」というナイーブな決まり文句から抜け出せないでいる多くの建築家の姿とも違う、そして廃墟のさびれゆく姿の美しさに浸るノスタルジックな建築家の姿とも違うまなざしが、"Thinning"のリサーチには込められている。


Thinning : 都市の稀釈化_d0183261_1041771.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-16 10:13
Colours
12.11.2010 (Fri)

"Colours"というタイトルの本を見る。建築家が選んだ30色がまとめられている本だ。この本にはレク・コールハースとノーマン・フォスター、そしてイタリアの建築家、デザイナー、アレッサンドロ・メンディーニによる30色が掲載されている。

コールハース以外の二人は本の趣旨道りに自身の作品に使われている色を30色選び、プロジェクトにおいてその色を選択した理由をキチンと解説している。

一方コールハースはOMAメンバーの中から自身を含めた30人を選び彼らに好きな色を挙げさせている。プロジェクトとは直接関係ないのだが、建築家達がどんな色に興味を持ち何を考えているかが見えてとても面白い。

たとえば現在のパートナーの一人である、レニエ・デ・グラーフ (Reinier de Graaf) はポストイットのイエローを選んでいる。理由は一言 "Extra fresh" ブレインストーミングなどに使われる黄色いポストイットにフレッシュな頭の状態をオーバーラップさせている視点が面白い。

*  

2001年にこの本は出版されている当時のOMAメンバーが10年たった今いったいどんな活動をしているのかもとても気になる。

ぱっと開いたページのメンバー名を検索して見る。多くのメンバーはすでにOMAを離れているものの、それぞれの場所で活躍している人が多い。

ミルキーピンクを選んだ バーバラ・ウルフ (Barbara Wolff) は現在ブリュッセルのJDSのパートナーとして活躍している。

その後OMAのパートナーとなりREXを開設した、ジョシュア・ラムス (Joshua Ramus)は、粒の混じった土のような色合いのテクスチャを選んでいる。

また、自分の車の色だとオレンジ色を選んだ、ダン・ウッド (Dan Wood) は現在ニューヨークで自身のオフィスを持ち多くのプロジェクトを手掛けている。



そこでハッと気がつく。このダン・ウッドのオフィス、WORK Architecture Company は僕がベルラーヘにいた際に何度も見て色々を参照させてもらっていた事務所だった。なんという偶然。

彼らの作品の中で一番好きなのは、MoMAの別館のP.S.1コンテンポラリー・アート・センターの中庭で行われたインスタレーション作品 "PF1"だ。OMAで培ったプログラムのラディカルな扱いを自身のポップで明るい世界観にうまく適応させて活動を続けている建築家である。

"PF1"ができるまでの経緯が短いドキュメンタリーフィルムとしてまとめられている。とても活き活きとした活動を続けているかつてのOMAメンバーの活躍ぶりを見ることができる。

10年後、彼らのような建築家になれるだろうか。


Colours_d0183261_643714.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-15 06:12
Navigating Modernization
11.11.2010 (Thu)

今年の5月にベイルートで行われたレム・コールハースのレクチャが公開されている。

一時間半以上に渡る長いレクチャで「錯乱のニューヨーク」から近年のリサーチテーマである「preservation」まで彼の建築家としての活動の全容を濃密に解説している。特に「錯乱のニューヨーク」の内容についてレム本人が解説しているレクチャはあまり見かけない。とても貴重なものだと思う。

彼は建築家がスターキテクト(Starchitect)と呼ばれアイコン化している現状について特に批判的な立場をとっている。このレクチャでもまず冒頭でそのことを主張する。

彼は二つの建築家像を比較する。一つは現在見られるアイコン化した建築家の姿、そしてもう一つは二十年前までの建築家の姿である。本来建築家とは、ビジョンとその実現を結びつけるとても生真面目かつ現状に容易に打ち解けないある種の暗ささえもった存在だったはずである、と投げかける。

Navigating Modernization _d0183261_4474592.jpg


レム・コールハースが彼の建築家としてのキャリアを通じ何を考えてきたのかというが包括的に解るとても貴重なレクチャだと思う。専門家によるインタビュなどに比べるとこのレクチャは比較的わかりやすい言葉を選んでいて聞きやすい。

聴衆を喜ばせるようなサービス精神に富んだレクチャではない、ある意味とても無愛想で無骨な話し口である。しかしそこには多くの聴衆へ向けて自分の建築家としての考えを確かに伝えようとする建築家の姿を見ることができる。彼の考える建築家像そのものが、彼自身の姿に重なって浮かび上がってくる。

Navigating Modernization _d0183261_521619.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-15 05:04
白より白い
10.11.2010 (Wed)

今行っているファサードデザインは、ガラスのマテリアルや表面のプリントパターンなどのスタディに入っている。セラミックやクロムのプリントによる効果を試してみたり、様々なタイプのグラデーションをつくりテストしてみたりしている。ただ、パターンの遊びになることなく必要な熱損失などの係数に見合ったパターンを探っている。

面白いことに、白いセラミックプリントで加工したガラスファサードより、鏡面クロムのパターンで加工したガラスファサードの方が、時として結果的に白い建物になることがある。鏡面が白より白い印象を生むというのはなんだか不思議だ。

何かになろうとしてなれるものではない。ただその場の状況を素直に反映させることで目的にかなうものになる。不思議だがそういうものなのかもしれない。

鏡面クロムのパターンを施したFOAによる john lewis department store
白より白い_d0183261_22284100.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-14 22:31
別れと出会い
09.11.2010 (Tue)

・別れ

僕がインターンをはじめた直後にやってきたオランダ人インターンがいる。同じプロジェクトで働いたことはないがインターンをはじめた時期が近かったこともありランチの時間などよく話をした仲間だ。

彼女は大学院に籍を置いていて卒業のために戻らなければならず今日でインターンが終了とった。数名のインターン仲間とお別れのディナーに出かける。とても充実した三ヶ月だったと満足そうな笑顔とともに別れた。

・出会い

PR部門で働いているというインターンの方とランチの時に話す。PRにいるくらいだからてっきりオランダ人だと思っていたら、オーストラリアからやってきたという。彼女は建築ではなく、写真の勉強をしていたそうで、オーストラリアでは写真家として活動している。なぜどうしてOMAのPR部門でインターンをしているのかまでは聞きそびれたが、そのギャップが面白い。色々と写真の話で盛り上がる。

ここにいる人達はみなそれぞれ異なるバックグラウンドを持ちそれぞれの人生を歩んでいる。たまたま、OMAの建築が好きだという共通点を持ち、この時期ここロッテルダムでニアミスした仲間たちだ。

インターンが4ヶ月過ぎこれからのこともいろいろと考えなければならないが余り焦ってもしょうがない。多様な仲間達と過ごしているせいか、少なくとも周りに自分を照らし合わせて焦りを感じるようなことはなくなってきた。皆自分の道を行っている。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-14 21:33
PRADA Lookbook
08.11.2010 (Mon)

PRADA のウェブサイトにAMOが手掛けた "Lookbook" というイラスト集、そして"MotionBook" というショートビデオが公開されている。

この二つは今年のコレクションのテーマをヴィジュアル化したものである。どんなブランドでも見られる広告写真という表現とは少し異なり、ウェブ上で公開される本とアニメーションという新しい表現媒体が使われている。商魂まるだしの広告表現ではなく、アート作品により近い媒体を用いコレクションのテーマを伝えようとしている点が面白い。

AMOがイラストを手掛け、写真家の作品とミックスさせたアニメーションである。イラストと写真の入り混じった表現で、そこに登場するモデルたちが建物や自然といった周辺環境に溶け込んだり、ハイヒールの間を道路が貫通し車が通り抜けたりする。そしてファッションショー同様音楽も飛び切りかっこいい。

いい服を着て街を歩くという行為は紛れもなく都市に生きるという行為である。そんな思いを写真とイラスト、服と都市、人間と自然が混じり合う PRADA の世界観の中に見た。

PRADA Lookbook _d0183261_100934.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-11 10:23
リアリティとデザイン
07.11.2010 (Sun)

先週末に引き続いて今週もユトレヒトに出かけた。今日はユトレヒト大学のキャンパスへ建築見学。

ベルラーヘにいた際、経済的、社会的、政治的な状況下を解釈した上で建築を考えるという趣旨の話を何度も何度も聞かされた。リアルな社会状況が建築や都市にどう影響を及ぼすのか?それを考えるのがベルラーヘでの考え続けてきたことといってもいい。

在学当時はそういったことが議論の的になっていることは理解できたが、それを身に染みて実感できる機会はなかなか訪れなかった。

今日ユトレヒト大学の二つの建物を訪れてなんとなくだが、経済的、社会的、政治的な状況と建築デザインという二つの側面がつながって見えた。

*  *  *

University Library Utrecht

ヴィール・アレッツによる大学の図書館。彼の建物に入るのはこれが始めてだ。写真で何度か見たことがあり、とても繊細にデザインしつくした巨大な工芸品のような建物という印象を持っていた。しかし、実際建物の中に入りその姿を目の当たりにすると全く異なる印象を受ける。荒っぽい。

デザインをいたるところまでし尽くしているが、それが一人歩きしてしまっているような印象を受ける。建築家はとても丁寧にあらゆるポイントをデザインしきっている。そのこと自体は何も間違っていない。ただ施工精度がそれに追いついていないだけなのだ。

しかし、建築家はそれをただ施工精度のせいだと言い訳することはできないと思う。そのオランダの施工精度という社会的状況をどう建築家が捕らえて、どうそれを扱うのか?その判断が建築家に欠かせない最も重要な決断の一つであったと思う。

ヴィール・アレッツはあくまでもデザインをし尽くすという判断により施工精度を凌駕しようとした。しかし、結果、少なくとも僕には、頑張れば頑張るほど、その悔しい思いみたいなものが滲みでてしまっているように感じられてしまった。

ちなみにこの建物ので一番心が暖かくなったのは消火栓だった。建物内すべてが、黒、赤、そしてシルバーの三色で統一されている。消火栓もその三色のみが使われているものが選ばれきれいに納まっている。でも、それは本当の建築の強度とは違う、おまけのような強度である。

リアリティとデザイン_d0183261_10251472.jpg



Educatorium

およそ10年前に一人でヨーロッパ旅行をした際にここを訪れた。当時とても納得いかず違和感たっぷりだったのが、カーブしたコンクリートスラブ下のガラス面だった。ガラスフィンのジョイント部が金属プレートに挟まれてボルト剥き出しで固定されている。その無骨さがものすごく心地悪く、好きになれない建物であった。

でも今になって考えるとこれは限られた予算配分の割り切りによるものだと解る。クリアなガラスの大開口を実現するため、大きなマリオンを避けガラスのフィンを用いた。フィンのジョイント方法を様々な工法が検討されていたが、そこは限られた予算をつぎ込むポイントでは無いと完全に割り切った。一度割り切った場合、中途半端な態度は一切とらない。割り切ったジョイントに最もふさわしい工法が採用される。それが金属プレートと剥き出しのボルトであった。その割り切りが美学となる。状況判断がデザインとなる。

これは経済的、社会的状況とこの建物のデザインの関係を示すごく一部に過ぎないと思う。でも一部でも十分意図は伝わる。1990年代当時のOMAとレム・コールハースによって下された数々の決断によって、経済的、社会的、政治的な状況と建築デザインをつなぐプロジェクトが生まれたのだ。

リアリティとデザイン_d0183261_10362933.jpg



*  *  *

例えば今の日本においてOMAが1990年代のオランダで手掛けた建築と同じようなデザインが用いられるということが起きたとしたら、それは、経済的、社会的、政治的な状況と建築デザインとの関係を無視したとてもおかしなものとなる。おそらく単純にデザインの表面をコピーしたに過ぎないことになるだろう。

建築はもちろんかたちをデザインする行為である。しかしそれは建築家の決断の一面であり、その前提としてくだされる経済的、社会的、政治的な状況への判断力がもう一つの大切な側面である。ベルラーヘで僕が学び続けてきたことはそのようなことなのかもしれない。

リアリティとデザイン_d0183261_1042465.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-10 11:04
Koolhaas in Beijing
06.11.2010 (Sat)

しばらく前に"Koolhaas in Beijing" というタイトルの本が店頭に並んでいた。しかし残念なことにオランダ語版しかなく、英語への翻訳版が出版されることを心待ちにしていた。

今日NAiのブックショップを訪れるとその英語版が店頭に並んでいた。思いのほか早く英語版が発売になったことに少し驚く。

アートや建築への造詣が深いEdzard Mik というオランダ人小説家、エッセイストが北京のCCTVタワーを訪づれ際のエッセイを一冊にまとめたもの。レム・コールハースの文章ではないが、建築家以外の視点からどうCCTVそしてレム・コールハースの活動について解釈されているかがとても興味深い。

とてもきれいな装丁で、表紙を含めてすべての紙がライトグレー、その上にシルバーインクでプリントが施されている、写真も文字もシルバーでとてもクールなグラフィックだ。

Stout/Kramer というロッテルダムのグラフィックデザイナーが手掛けている。彼らは最近オランダから出版されている建築書の装丁を数多く手掛けている。

オランダの作家と、オランダのグラフィックデザイナーと、オランダの出版社による、オランダの建築家に関する、100%オランダ産、もぎたての一冊だ。

Koolhaas in Beijing_d0183261_901277.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-10 09:07
よっぱらい
05.11.2010 (Fri)

案の定、朝起きるとまだアルコールが抜けていない、完全に二日酔い。ふらふらした頭でオフィスへ。しばらく冷たい水を飲み続け、お昼過ぎにはだんだんすっきりしてくる。

昨夜の勢いを引きずり、隣の席のルクセンブルグ人とああでもないこうでもないとセクションの検討を進める。

全く関係ないが、なんとなくこのビルも酔っ払った後の勢いのようなものを感じずにはいられない。100mを超えるれっきとしたスカイスクレーパーである。とても美しいプロジェクトだ。

23 EAST 22ND STREET, USA, MANHATTAN, NEW YORK, 2008
よっぱらい_d0183261_6431645.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-09 06:57
ロッテルダム経由バーゼル行き
04.11.2010 (Thu)

隣のチームで働いていたイギリス人が明日でOMAを去る。来週からは以前このブログでの紹介したスイス、バーゼルにあるハリー・グーガースタジオで働くという。

夜多くのOMAスタッフがいつものバーに集まる。明日OMAを去る彼の話を色々と聞いたり、今まで話したことのない人と情報交換をしたりする。普段はプロジェクトそのものの話しかしない同僚ともくだらない話で盛り上がったり、まじめに建築の話をしたり。

まだ週末では無い、明日も普段通り仕事だった。それをすっかり忘れて結局三時過ぎまで飲み続ける。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-09 06:12
オランダ語
03.11.2010 (Wed)

今僕はファサードのスタディを担当している。そのこともあり今朝はミーティングに参加。サッシュメーカーのエンジニアに僕らが進めているデザインの意図を伝え実現可能性を色々と相談する。英語の話せるオランダ人が多いが、エンジニアは特に技術的な細かい話になると英語でうまく伝えられる自信が無いという理由から、オランダ語で色々と説明をしてくれた。

とても不思議な経験をした。普段まったく意味を解することのないオランダ語がなんとなくだが伝わった。多くのスケッチ、そして英語に似た建築用語のオランダ語単語のせいでぼんやりと説明の輪郭を掴むことができた。あとで、オランダ人の同僚が通訳してくれたが大体は僕がかってに解釈していた意味と似通っていた。

その後オランダ語の雑談がはじまると途端にまったく意味の通じない不思議な言語に戻ってしまう。

スケッチをはじめとするツールによって建築関係者は言語の壁を越えてつながっている。そんなことを身をもって体感した。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-08 10:32
CHU HAI COLLEGE
02.11.2010 (Tue)

OMAが去年コンペに勝利した香港の殊海学院キャンパス (CHU HAI COLLEGE)の計画案をより詳しく解説しているサイトを見つけた。

これまで漠然と理解していた計画案の全体像がよりはっきりと見えてきた。なかなか色々な要素を盛り込んだとても面白いプロジェクトだと思う。

*  *  *

スラブ = ニュートラル + フレキシブル

まず、注目したいのが最大限のフレキシビリティを獲得したニュートラルな二棟のスラブである。それぞれ八層のとてもジェネリックなスラブであるがその構造システムがとても面白い。スラブには柱もコアも無い。

CHU HAI COLLEGE_d0183261_9112448.jpg


柱、コアといった垂直の要素から完全にフリーになった八層のスラブには教室群が必要に応じて自由にそして整然と配置されている。教室間、もしくは教室と廊下間の間仕切りはメインの構造とは切り離された一時的なとても軽いものになる。将来的な教室の配置変更などに十分耐え得るフレキシビリティが確保されている。

構造システムがそのフレキシビリティを実現している肝となる。円形の開口をもつ外皮が壁面の3/4そして屋上を覆い、中庭に面した壁面に格子状のフレームが設けられている。スラブはその壁面に挟まれるながらニュートラルな板として浮いている。エレベーターといった動線は、格子状フレームの外側に配置され、学生達のダイナミックな動きがアイコニックなグラフィックとともにファサードを彩る。

大学という多様な要求をもつプログラムに対して出したOMAの答えがここにある。

CHU HAI COLLEGE_d0183261_8552742.jpg


CHU HAI COLLEGE_d0183261_9194797.jpg



*  *  *

マット = カオティック + アイコニック

もう一つ面白いのが、スラブとスラブの間に挟まれたマットと呼ばれるスロープ上の階段だ。フレキシブルでニュートラルなスラブと対照的に、ここには大学のシンボルとなる図書館、講堂、カフェテラス、プール、体育館などの将来的な配置変更と縁の薄いプログラムが配置されている。

海へ向かう傾斜地という敷地特性をうまく利用して眺望を確保した屋外デッキを設け、その下に生まれる空間にそれらのプログラムを配置していく。結果各空間がいい意味で混沌としかつ象徴的雰囲気を生み出している。

CHU HAI COLLEGE_d0183261_9331710.jpg


CHU HAI COLLEGE_d0183261_10112840.jpg



*  *  *

このスラブとマットという極端に異なる性格を持つ二つのデザインコードを構造システム、敷地の地形、そして大学というプログラムにうまく融合させたとてもダイナミックなプロジェクトだと思う。

アイコニックになれば良い訳では無い、かと言って単にニュートラルになれば良いという訳では無い。その複雑状況をうまく泳いだ減点の少ない優れたプロジェクトだと思う。

ただ、僕個人としてはもっともっと減点も多いけど、どうしても心が惹かれてしまうようなある種のダークさを持ち合わせた建築が好きだ。OMAにはどうしても、もっとそんなスパイスの効いたプロジェクトを期待してしまう。その意味でこのプロジェクトは少しスパイスが足りない。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-08 10:12
チェコ・プラハ
01.11.2010 (Mon)

今日は月初めということもあり新しいインターンが数名やってきた。これだけ頻繁に新メンバーがやってくると誰が新しいメンバーなのかもわからなくなってくる。

僕らの隣のチームにはチェコ・プラハの大学院生が加わった。十年前に真冬にチェコを旅行した時の冷え切った空気感を昨日のことのようにはっきりと思い出す。その時彼女はまだ幼い12,3歳の少女だったのかと思うとなんだか不思議な感じもする。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-08 08:09
サマータイムが終り
31.10.2010 (Sun)

朝起きるとサマータイムが終わっていた。一日ドンよりと曇っていて時間感覚も狂ってくる。買い物したり部屋で本を読んだり、スカイプをしたり。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-02 09:58
Rietveld's Universe
30.10.2010 (Sat)

現在開催中のリートフェルトの大規模な展覧会"Rietveld's Universe" を見にユトレヒトに出かける。

リートフェルは家具職人からデザイナーとしてのキャリアを始め、1920年代以降は世界的な住宅不足の問題を深く受け止め、住宅の大量生産システムへ誠実に取り組んだオランダ、ユトレヒトが生んだ有名建築家である。

会場には、オリジナルのリートフェルト家具作品をはじめ、彼が手がけた建築作品のドローイング、そして彼と同時代に活躍したモダニストたちの貴重なドローイングが一堂に会していた。

Rietveld\'s Universe_d0183261_9103282.jpg


ル・コルビュジェの提唱する近代建築のプロトタイプとも言えるあの "Dom-ino" (1914)の原図が展示されている。初めてみる原図の大きさとその骨太なドローイングは、威圧的とも言えるモニュメンタリティが滲み出ている。その隣にリートフェルトが提案した "Core House" (1927) と呼ばれる住宅のプロトタイプのドローイングと模型が並ぶ。

この二人の建築家の、二つのプロトタイプを見比べながら考えた。

コルビュジェのドローイングには実はコアが無い。人間の新しい生活を支えるためのプロトタイプに、生活に不可欠なはずのライフラインが供給されていない。なぜだろうか。新しい生活は、電気、ガス、水道、下水といった要素から生み出されるのではなく、むしろそれ以外の生活の余剰空間から生まれる。その豊かさを享受するための場が住宅であり、そんな場の提供が建築家の仕事だと言っているかのようだ。

Rietveld\'s Universe_d0183261_9937.jpg



一方、リートフェルトのドローイングはコアだけである。コアの周りで展開されるであろう生活のアイディアはここには示されていない。住宅不足の課題に取り組んだ工業化住宅という側面もあるが、彼は建築家は適切な方法でライフラインを供給するまでで、その周りに発生する生活はそこに住む人にゆだねるという態度を大切にした。そこに住むであろう住人の生活を信じそれを建築家が支えた。

Rietveld\'s Universe_d0183261_994430.jpg



「コア無し空間」 と 「空間無しコア」 という二つのプロトタイプのドローイングから建築家の立場の違いを見た。

「コア無し空間」 はいわゆる建築家の作品に住まわせてもらうという感が強い。それゆえに威圧的でモニュメンタルであると感じずにはいられない。

それに対して 「空間無しコア」 は住み手が自由な自分だけの場所を見出したような開放感に溢れている。コアの周りに希望が広がる。

空間とコアのどちらに未来があるのだろうか?彼らの思い描いた未来に今僕たちは暮らしている。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-02 09:42
ユトレヒトの秋
30.10.2010 (Sat)

ユトレヒトの秋_d0183261_855597.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-01 08:56
ルクセンブルク
29.10.2010 (Fri)

オフィスの隣の席にはルクセンブルク人のアーキテクトがいる。いつも彼とファサードの検討を進めていて一番関わりの深いメンバーの一人だ。

そんな彼に参考事例として日本のプロジェクトを紹介した。そこから話がどんどん膨らみあの建築知ってるか、とかこのプロジェクトの建築家は誰かわかるかとかずいぶんマニアックな日本の建築話で盛り上がった。

彼が多くの日本人建築家の名前をあげたのと対照的に、残念ながら僕は誰一人ルクセンブルク人建築家の名前をあげることができなかった。
Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-01 06:42
REM@CNN
28.10.2010 (Thu)

昨日のインタビューのビデオに引き続き、CNNのICONというコーナーでレム・コールハースが特集されている。

ベニス・ビエンナーレの展示について彼が簡単な説明をしていたり、今コンペ案が公開中の香港の西九龍文化施設群マスタープラン (West Kowloon Cultural District) が紹介されている。最後は彼が香港のまちを歩き、彼の香港の読み方を示してている。

彼が気に入っているニュータウンが紹介される。ニュータウンといっても日本で想像するようなものと少し違う。二十階くらいあるような大型の団地、昔ながらの村に見られるのような低層の建物、駐車場で仲良く並ぶ普通の車とポルシェ、そして黒々茂った木々。その雑多な要素がひとつのエリアの中に混在している。彼はそんな様子を指し、建築家の仕事からは決して生まれることのない寛容な空間があると評している。

デザインという意図のない純粋さと溢れる生活感が香港のまちから学んだ教訓であり、そんな姿を西九龍文化施設群マスタープラン で実現しようとしている。

いつもの彼の発言に比べるととてもわかりやすい、ごくまっとうなことを言っている。それはテレビというメディアを通じた発言だからなのかもしれない。香港の市民生活にとって大きな影響をもたらすマスタープランへ市民の関心を引き寄せ、同意してもらうためなのかもしれない。

彼独特の鋭い都市へのまなざしや批評性という要素はあまり見られない。深読みすると、市民がまだ見ぬ魅力が香港には隠されていてあなたのまちはすばらしい、私にはそれがわかると市民を煽るお世辞にさえ聞こえてくる。テレビを通じ自身のプロジェクトを売り込むたくましく、したたかな建築家の姿を見た。

REM@CNN_d0183261_8241341.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-11-01 06:08
レム・コールハース・インタビュー
27.10.2010 (Wed)

ようやく部屋でネットが使える環境が戻った。海外のひとり暮らしだとネットが無いと部屋にいても本を読むくらいしかやることがなかったが、一気に部屋に潤いが戻った。

*  *  *

OMAのオフィス内の様子やオフィス内で行ったレム・コールハースへのインタビューが公開されている。オランダ語でしゃべっているが英語の字幕が付いているのでかえって解りやすい。

いつも一緒に仕事をしているメンバーが写っていたり、オフィスの雰囲気が少しだけ伝わっている。

インタビューの最後でレムは最近興味を持っていることについて語っている。

今彼は、山間部や郊外の置き去りにされた地域に興味を持っていると言う。たとえばスイスの人工減少が目立つ山村部などがそんな地域にあたる。彼はそれらの地域が今後必須のリサーチ対象になると続ける。そして最後に 「錯乱のニューヨーク」 で彼がリサーチし確立したセオリーはこれらの地域では全く意味を持たないとニヤリと笑いながら結んでいる。

日本にも同様に見られる、都市の発展の対となって現れる裏側の現象に彼は目線を向け始めている。

その証拠の現在AMOが取り組んでいるモスクワのリサーチ機関 STRELKA が掲げる五つのメインテーマのひとつに ‘thinning’ というテーマがある。2002-2008年にかけてドイツの建築家フィリップ・オスワルトのチームが展覧会や本としてまとめたシュリンキング・シティというリサーチとどのような違いももって取り組まれるのか、そしてどんな成果としてまとめられるのか今からとても気になる。

レム・コールハース・インタビュー_d0183261_8464191.jpg


Top▲ | # by murakuni1975 | 2010-10-29 09:22
| ページトップ |