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休みムードが漂う最後の一週間
20.12.2010 (Mon)

今週からすでにクリスマスホリデーに入っているメンバーが沢山いる。半分くらいは既にオフィスにいない。残されたメンバーもクリスマス気分でとってもリラックスしたムードが漂う。

例えば同じチームのメンバーのひとりは一ヶ月アルゼンチンに里帰りしたし、ルクセンブルク人も二週間の休暇をとっている。彼はつい九月に三週間のインド旅行を済ませて帰ってきたばかりのような気もするがすでのクリスマスシーズンになっているのでまたホリデー。

たっぷり休んで、たっぷり集中して働く、こんなメリハリの効いた一年を彼らは過ごしている。

そんな中、僕らのチームに残された三人は、今のうちに自分たちできることをいろいろやってしまおうと本を作ったり、模型を作ったりする計画をたてる。人も少ないし静かなので今週は作業がはかどりそうな予感。
Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-31 00:21
反「内輪の語法」
19.12.2010 (Sun)

ベルラーヘの卒業生は二年間に行った活動を一冊の本として製本する。そのためのデータを年内に学校へ提出する必要がある。まだ完全にまとまっていないのでその最後の調整に明け暮れる。

半年間寝かせた後、外からベルラーヘの活動を俯瞰的に眺めると、なるほどこんなことをやって来んだと改めて理解が深まる。

活動のど真ん中にいて必死で何かをしているどどうしても目の前のこと、近くにいる人の声で頭がいっぱいになる。本当はそれだけでは無いと解っていてもどうしてもその縛りから抜け出せなくて視野が狭く深くなる。

それが何かを学ぶということなのかもしれないが定期的に大掃除をするように、集中した活動を一度寝かせたり、距離を置いたりして俯瞰できるようになりたい。

内輪の語法を操り排他的なポーズをとりそれが専門家だと勘違いをするような建築家だけにはなりたくない。プロとしての専門性を高めることと、内輪の語法を操ることは決して同義では無いということを忘れてはならない。

OMA / NANCY ARTEM CAMPUS, FRANCE, NANCY, 2006

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Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-26 06:45
Snowball Fight
18.12.2010 (Sat)

オランダでは珍しいくらいの大雪がふっている。飛行機が飛ばなかったり、電車ストップしたりして結構な混乱が起きているらしい。

昨日の昼間、雪がパッと降り止み雲の切れ間から一時、日が差した。その隙をついてオフィスの皆が駐車場に出て雪玉を投げ始めた。誰が敵でも見方でもないクリスマスパーティ前の白い戦い。

そんな雪合戦と、四夜連続のパーティで疲れたので今日は一日寝たり起きたりしながらぼんやりと過ごす。

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Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-25 08:39
クリスマスディナー (All of OMA)
17.12.2010 (Fri)

結局クリスマスディナーは四夜連続。最後はOMAのオフィス主催のパーティ。ロッテルダム郊外の湖のほとりにあるレストランでビュッフェ形式のディナー。

普段一緒に働いている仲間達のガールフレンドやボーイフレンドも沢山集まる。代わり映えのしないランチとは違う暖かく美味しそうな沢山のプレーが並んだことにとても幸せな気分になる。

食後はボーリング大会。みんな半分酔っ払いなので、ボーリング半分、会話半分。誰が誰の番に投げているのかもよくわからない。

最後はロッテルダムのセンターに戻り、いつものバーで大音量の音楽の明け方まで踊り狂う。


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Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-19 10:40
クリスマスディナー (インターン仲間)
16.12.2010 (Thu)

二日連続パーティが続いたので今日はゆっくり過ごそうと帰り支度をしていると、「今夜時間ある?」と声がかかる。一ヶ月程前にOMAのインターンを終了した仲間が来るというので一緒に食事に行かないかというお誘い。

ちょっとさすがにと渋った気持ちになるが、久し振りだし会いたい。その他インターン仲間と共に、トルコ料理へ。

彼女はスリナム系のオランダ人。とっても大らかで自由で人懐っこい。でも、模型はとっても荒っぽいし、Auto CADも使えない。なんだか一般的な建築を勉強している学生とは随分雰囲気の違う人だなと初めて会ったときの印象が大きい。彼女は三ヶ月だけインターンに来たインテリアを学ぶ大学院生だ。

今日話を聞いてとても納得が入った。彼女は院修了後、アフリカで安価な住宅を供給しているNPOで働きたいと考えているという。彼女の性格と行動力にとても合っていると思う。

そしてなんでOMAに来たのかという問いには、彼女がやりたいことと全く正反対のことをやっている事務所だからだと答える。それは違いを理解するということが、自分の強みにつながると考えた上での行動だった。自分は他の建築専門のインターンと違っても全然気にしない。私には私のやりたいことがちゃんとあるからいいのというどっしりと座った気持ちがある。

同じインターンでもそれぞれにいろんな目標があり多様だ。短期間とは言えそんな多様性が激流のように短い期間でどんどん押し寄せ入り混じる。それを受け入れるOMAも面白いし、そこに流れてくる多様性もまた面白い。
Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-19 10:01
クリスマスディナー (オランダ人,べルビー人の友人)
15.12.2010 (Wed)

今日は友人のオランダ人の家でクリスマスパーティ。初めて会う、オランダ人やベルギー人と一緒にラクレットというスイスのチーズ料理を食べる。ちっちゃなフライパンにチーズをのせ、特別なホットプレートに乗せ、トロトロに溶かし、茹でたジャガイモや野菜にかけて食べる。冬にはとってもあったまりボリュームもあるしヘルシー。

どこから来たと聞かれて、サッポロと答えると、半分くらいの人は、サンパウロと勘違いする。サンパウロ??あなたは日系ブラジル人?ということになる。僕の発音のせいか、都市の知名度のせいなのか定かではないが、前者であって欲しい気持ちが半分以上。
Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-19 09:32
クリスマスディナー (チームメンバー)
14.12.2010 (Tue)

今週は僕らのチーム大半のメンバーにとってクリスマス休み前の最後の週となる。皆が休みに入る前に一度食事にでかけようということでレストランへ。

まだまだ山のように課題は残されているが、日本で言うところの基本設計業務を無事終えることができスッキリした気分で休みを迎えられることになりそうだ。とは言え僕らインターンには来週いっぱいまでいろいろと作業が残されている。まあそんなことは忘れて今日は飲もう。

トイレから席に戻ると、大きな包みがテーブルに置いてある。なんだろこれは?と聞くと、なんとチームメンバーからのプレゼントだという。生まれた娘のためにとミッフィのぬいぐるみや絵本、お皿、カップなど、ミッフィグッズがぎっしりつまったサプライズプレゼント。

とても暖かい気分になった。本当にみんなありがとう。
Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-19 08:39
ウクライナから
13.12.2010 (Mon)

年末が近づいて来た。人によっては半分すでにクリスマスホリデー気分だし、年末の締切に追われて真っ青な顔をしている人もいるしなんとも慌ただしく落ち着かない雰囲気のオフィス。

そんな時にも新しいスタッフがやってくる。僕らのチームに加わったのはウクライナから来た若い建築家。よろしくお願いします。
Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-14 09:11
土壌を危惧する
12.12.2010 (Sun)

内田樹の「街場のアメリカ論」という文庫を読んだ。その中にアメリカにおけるキリスト教の歴史について書かれた章がある。

西部開拓が行われ厳しい生活が強いられていた19世紀前半、人々は教養および宗教的生活から程遠い心理状況に陥っていた。そんな社会的背景において、宣教師達は厳粛に小難しい教義を説くことを止め、より「原始的」で、より「感情的」な「恍惚感」を強調する存在に変わっていったという。

つまり宣教師たちは、小難しいセオリーを生真面目に語る存在から、インパクトがあり、大衆受けのするキャッチーな存在に変わった。そして最後は、最もアイコニックな宣教師が一時の成功をおさめた。

「原始的」とか、「感情的」だとか、なんだか今もてはやされている建築家像に似ているではないか。

今建築を受け止める土壌は、文化的な活動の枯渇した19世紀のアメリカ西部の様な状況なんじゃないか?レム・コールハースがアイコニックな存在を危惧するのは、アイコンそのものを批判している以上にアイコンを求めてしまうような土壌を危惧しているのではないか?

といつもの公園でジョギングをしながら考える。

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Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-14 08:55
空気のような写真家 : ナン・ゴールディン
11.12.2010 (Sat)

先週末に出かけた写真の展示では、どこにでもある日常を撮った写真に批判的な立場をとるロッテルダムの次世代の写真家の作品を沢山見た。

そんな彼らが言う日常の写真を撮る元祖みたいな存在である、アメリカの女性写真家ナン・ゴールディン (Nan Doldin) の大規模な個展がロッテルダムにある写真美術館で開催中だ。同僚達と見に行く。

彼女の作品はプリントされたもの以上にスライドショーとして見せるものがメインの作品として扱われていた。彼女のセレクトによる曲とセットになったスライドにはとてもナマナマしい日常が次々と映し出される。彼女自信も大ファンだというBjorkの曲に合わせてつくられたスライドが中でも印象的だった。特にこのリンクの2:00ころから現れる若いカップルをとった一連写真がとても心に響く。

一体どうやって撮っているんだろうと思うほど、写真家はその場面から消え去っている。ものすごい迫力で映されている人達の幸せそうでリラックスした感情が伝わる。映されている人達は皆完全に写真家の存在を空気のように扱っている。それがすごいと思う。

彼女は決して戻ることのない日常の出来事を記録に留めようとシャッターを切り続ける。それは限られた生きる時間だったり、二度と訪れることの無い初恋の思い出だったり様々である。

日常と簡単に言えるものでもない。日常はいつでもどこでも簡単に転がっているものでもない。そんなことを考えさせられる。日常やいわゆる普通と呼ばれる物事の中に普通など無いという強烈なメッセージがそこには潜む。すべては二度の戻ることのない特殊な瞬間なのだ。そんなことを彼女は空気のような存在になって伝えようとしているのではないか。

例えば建築家は、彼女が成し得たように、人々の日常を支え、輝かせ、そしてなおかつ空気のような存在になり得るだろうか?


空気のような写真家 : ナン・ゴールディン _d0183261_983242.jpg


Top▲ | by murakuni1975 | 2010-12-13 09:23
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